「どうしたら成果がでるのか?」この質問の答えは簡単に出せるものではありません。
サービスを導入したクライアントは常にこの難題に向き合っており、時にはカスタマーサクセス担当のあなたが答えに窮するような厳しい質問をすることもあるでしょう。
そんなとき、心配無用と虚勢を張ったり、根拠なく曖昧に答えたりするのでは不信感を抱かせるだけです。
本記事では、カスタマーサクセスとしてこの難局を乗り越えるための具体的な方策を示します。
カスタマーサクセスはクライアントからの期待と質問を一身に受ける立場です。時には、予期せぬ質問に不意をつかれることもあるでしょう。
あるカスタマーサクセスマネージャー(CSM)は、クライアントとの定期ミーティングで、自社の解析ツールと他社の提供するサービスの数値が合わないことを指摘されました。
理由がわからないことにドキッとした彼は、思わず自己防衛的な口調で「他社サービスはサポート外でして…」とだけ答えて終わりにしてしまいました。
その答えに納得しきれないクライアントをなだめようと、今度は安心させるようなことを語り始めましたが、根拠に乏しく、かえってクライアントを混乱させ不安にさせてしまいました。
このCSMの経験を他人事と思えない方は、少なくないはずです。CSMは、クライアントの最適なパートナーでいようとするあまり、全ての質問に答えようとするでしょう。
しかし、カスタマーサクセスに限らず、教師であれ、親であれ、自分で納得する回答を示せないような難しい質問を投げかけられることはあるはずです。
そのような問いかけに対して誠実に対応し、「わからない」という回答を信頼につなげることは不可能ではありません。
緊張や不安といった強いストレスにさらされたとき、私たちがいつも通りのコミュニケーションを取れなくなることはよく知られています。みなさんは、以下のような現象に陥った経験はないでしょうか。
・思考力が低下し、考えが散漫になる
・自然な動きが不自然に感じられてしまったり、舌足らずで言葉に詰まってしまったりする
・不安な気持ちばかりに目が向き、相手の話を聞いて理解することが難しくなる
そもそも、こうした ”ある意味で不合理” なストレス反応は、人類の進化の産物です。
現代では命に関わるレベルの心配をする機会はほとんどないでしょう。しかし、このような身体の安全が確保された環境は、人間が地球に生まれて過ごした膨大な時間のうち、直近の数百年 ー 進化の見地から見れば一瞬 ー で作り上げられたものであり、それまでの長きにわたって私たちの祖先は今よりも随分と危険の多い世界で生きてきました。
当時の彼らが感じていたストレスは、現代とは相当に性質の異なるものです。生命に関わるだけでなく、多くの場合は瞬時の判断が迫られるものでした。不意にライオンに遭遇してしまった場合、攻撃すべきか、逃げるべきかー。いずれにしろ最優先なのは即座に判断を下すことです。ライオンを前にじっと立ち尽くして悩んだ人の遺伝子は、後世には残らなかったでしょう。
このような環境で長い間過ごしてきた人間は、強いストレスを感じる場面に遭うと、迅速に全力で対応するために、脳の「思考」機能を意図的に遮断し、進化初期の原始的な状態へと退行します。危機の際に必要なのは「闘争か逃走か」という瞬時の判断であり、社会的に緻密な行動ではありません。
こうしたストレスシステムは人類を多くの危険から守ってきましたが、あいにく現代社会においては不適合です。クライアントからの質問に答えられないくらいで命が危険にさらされることはないでしょうが、私たちのストレスシステムは「闘争か逃走か」の反応をしてしまうのです。
では私たちは、このストレスシステムにどう付き合っていけば良いのでしょうか。
最も有効なのは、自分が緊張や不安を感じているという事実を認識することです。どのような感情も、永遠に続くものではありません。内なる感情の揺れ動きを俯瞰して捉えることができれば、それが自分の中をうまく通過するよう促すことができ、ネガティブな感情に支配され自分を見失うことがなくなります。
間違っても不安や緊張が生じていることを否定し、上から押さえ込もうとしてはいけません。冷静なうわべを装うことは、むしろ取り乱し集中力を失う一因になります。人間が長い歴史の中で生存のために獲得してきた働きは、そんな簡単にコントロールできるものではありません。
緊張や不安に対して過剰に反応してはいけないことがわかりました。では、問題は「わからない」という返答をどう信頼に繋げるかです。
まず大前提として認識しておくべきなのは、「わからない」と返すこと自体が信頼を失うリスクになるということです。
クライアントは期待感をもって質問をしています。その期待を裏切らないよう、まずはその場で解を探すことに全力を尽くすべきでしょう。
その際に考えて欲しいことは、あなたが感じた「わからない」は本当にお手上げの「わからない」なのか、ということです。もちろん、知識や経験を持ち合わせておらず「わからない」という場合もあると思いますが、質問の意図を汲み取れておらず「わからない」という場合もあるのではないかと思います。
後者であれば、「根底にある意図は何か」を注意深く推測することで、質問に真正面から答えることは難しくても、クライアントを納得させる回答を示すことはできるはずです。
前述のクライアントとの定期ミーティングを例に見てましょう。クライアントが虚をつく質問をしたのは、サービスによって数字が異なる理由を知りたかったからではありません。本当に知りたかったのは、どの数字を信頼すれば良いのか、その結果、解析ツールをどう位置付けどう活用していけばよいのか、ということだったのです。
したがって、担当CSMは「サポート外で」とあしらう前にまず、質問をきちんと受け止めたことを伝え、そのうえで、質問の根底に潜む要求に返答するべきでした。たとえば、こんなふうに答えられたはずです。
「ご指摘いただいた他社サービスについては、申し訳ありませんがよくわからない部分が多いです。今後も、数値が合わない要因については、詳細に調査していくつもりです。
それでは一体どの数値を信頼すれば良いのか、という懸念があると思いますが、改めて、弊社の解析ツールがどのような仕組みで数値を算出しているのか、具体的にお話しさせていただきます」
質問の根底にある意図を汲んでも答えが浮かばない、ということもあるでしょう。
その場合は、正直になるべきです。何といっても人間は真実を見抜く名手です。自信を持って回答できない時の最善のアプローチは、口からでまかせを言うことでもなければ、それらしい回答でお茶を濁すことでもありません。クライアントは、あなたの声や話し方の僅かな違和感を見逃しません。
「できるようになるまで、できるふりをしなさい」という格言がありますが、ことカスタマーサクセスに関してはやめた方が良いでしょう。これはCSMとクライアントの信頼の問題であり、信頼を損いたくなければ不誠実な対応は避けた方が良いということです。
質問に対する答えがわからないと明言するのは、悪いことではありません。ただし、あなたのトーンや話し方全てがメッセージになるという点には注意が必要です。
僅かにでも違和感に気づいてしまったクライアントは、緊張感を持ってあなたの話を聞くでしょう。声の調子や話し方のペース、ボディランゲージ、顔の表情、そのすべてが、信頼に足るか判断する材料となります。
まずは、「わからない」と伝える前に一息置きましょう。既知の事実を全て確認し、熟考していることが相手にも伝わりやすくなるはずです。
不確かな答え方をしなければならない時は、白黒はっきりとしないグレーの部分について配慮が及んでいること、そしてどう考えているかが伝わるよう、少し陰影ある話し方を心がけるべきです。「こちらが本当に知りたいことを理解してくれている」と相手に伝わるだけでも、大きな安心を与えることができるからです。
くれぐれも、回答を持ち合わせていないことを弁解する態度を取ったり、聞き手の感情を高ぶらせるまで話しすぎたりしてはいけませんが、必要以上に小さくなる必要もありません。その場で回答できるのと同じくらい堂々とすることが、かえってクライアントにプロフェッショナルとしても信頼感を与えます。
誠実な対応をした後は、しっかりとフォローアップすること忘れないでください。期間を提示し、それまでに回答を用意することが、クライアントからの信頼の維持・強化につながります。
まずは、知っていることと知らないことを整理しましょう。完璧な回答を持ち合わせていなくても、何かしら知っていることはあるはずです。わかる範囲で、回答につながりそうな情報を提示することで、あなたが質問の意味を理解していることと、後日もっと確度の高い回答を示せそうなことが伝わります。
そして、知らなかった点に関しては、必ずしっかりと調べてお伝えするようにしましょう。その際、確認すべき相手や事柄、具体的に必要な時間など、回答に至るステップはできる限り細かく伝えるべきです。そういった具体性が、その場で回答をもらえなかったクライアントの不安や疑念を和らげることになります。
「社内で有識者に聞いてみます」という回答も、会社全体でクライアントに向かっている姿勢を表明できるので、好印象を与えられるでしょう。実際、似たような質問をいただいているケースは多いので、社内で聞いてみることは有効な解決策の一つです。
CSMも人間であれば、クライアントもまた人間です。知らないことも当然あるでしょう。1人の人間として向き合うことで、相手の気持ちを受け止める誠実な対応ができるのではないでしょうか。
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