デジタルメディアの普及・進展により、顧客へのアプローチの複雑さが増しています。従来であれば、まずは情報収集のために営業と商談をすることが一般的でしたが、今では多くの企業が、お問い合わせの前にインターネット上で比較検討を行っています。
このように顧客接点が多様化するほど、顧客の行動や感情を正確に捉えることが難しくなり、ターゲットに適切な情報を適切なタイミングで届けづらくなります。
このような問題を解決するのに有効な手法がカスタマージャーニーです。
本記事では、カスタマージャーニーの概要、メリットから作成方法とその際の注意点まで、徹底的に解説いたします。
カスタマージャーニーとは、顧客の行動や思考、感情の変化を時間軸に沿って明らかにし、購入までの意思決定のストーリーを顧客視点でたどる手法のことです。
顧客体験を「点」ではなく「線」として捉えることから、その一連のプロセスを「旅」になぞらえ「カスタマージャーニー」と言います。
カスタマージャーニーを明らかにすることで、
行動:
認知経路、情報源や情報収集の方法、購入チャネル思考・感情:
抱えている問題点、商品・サービスの最初の印象、興味を持った理由、情報収集した内容とそれに伴う感想、競合製品との比較検討ポイント、購入の決め手
などが時系列で理解できるようになります。
このようなカスタマージャーニーを一枚絵にしたものを、「カスタマージャーニーマップ」と言います。
文面だけでプロセスを共有することは難しいので、マップとして図面に落とし込むことが一般的です。
カスタマージャーニーを理解する1番のメリットは顧客視点を得られることです。
商品・サービスを利用し、その価値を判断するのが顧客である以上、顧客視点に立った施策が求められているのは当然のことです。
しかし、実際に顧客視点に立ち「どのような商品・サービスを欲しているのだろうか」とシンプルに考えることは難しいものです。
気づけば、つい提供者側の視点で「自社製品を買ってもらうにはどうしたらよいか?」「どうすれば他社の製品より好んでもらえるか?」と考えてしまうことも多いのではないでしょうか。
そこで有効なのがカスタマージャーニーです。
カスタマージャーニーを活用することで、顧客がどのように認知し、どのチャネルでどの情報に触れ、どのような思考で購買に至ったのかを理解できます。全体のプロセスを俯瞰しながら、チャネルやタッチポイントごとに適切なアプローチを実施できるのです。
「顧客視点」と「お客様の声」はイコールではない
顧客視点を得る方法としてアンケート調査を実施することが多いですが、「顧客視点」と「お客様の声」を混同してしまわないよう注意が必要です。
「顧客視点」は“顧客が抱く感覚やニーズ”のことですが、「お客様の声」は“それをお客様自身が言語化したもの”になります。
問題なのは、お客様自身が全ての感覚やニーズを言語化することは難しいということです。
しかし、“言語化されない”ということは、“存在しない”ということではありません。なんとなく抱く違和感や不快感に対する潜在的なニーズがあったとしても、それを意識するのは難しいでしょう。そのようなニーズに応えるものが提供されて初めて「こんな商品・サービスが欲しかった」と認識できるのです。
このような「顧客視点」と「お客様の声」の違いがよく分かる例を一つ紹介したいと思います。
ある食器メーカーが、次回の商品開発に向けて主婦数人にグループインタビューをしました。
参加者には「次に買うとしたらどんなお皿がいいか」というテーマで議論してもらい、最終的には「これまでとは違うオシャレでカッコイイ黒い四角いお皿が良い」という意見が得られました。メーカーはインタビュー協力のお礼にと、いくつかの食器を用意しどれでも好きなものを1つだけ持って帰って良い、ということにしました。
すると、参加者が持って帰ったのは全員「白い丸い皿」でした。
その理由を尋ねると「4人家族なのに1枚だけ黒いお皿があっても仕方がない」「家にあるお皿はほとんどが丸いので、四角いお皿をもらっても食器棚に並べることができなそう」といった現実的なものが寄せられました。
参考:武井由紀子『
さて、いかがでしょうか。
この場合、「お客様の声」を参考にすると「黒い四角いお皿」が良いということになりそうですが、真にニーズがあるのは実際に持ち帰った「白い丸いお皿」ではないでしょうか。
このように、「お客様の声」と「顧客視点」は異なるのです。
顧客とのタッチポイントを洗い出し、それぞれの場面の心理を分析するカスタマージャーニーは顧客視点の理解そのものです。
カスタマージャーニーマップを使うことで、顧客が感じている不満や改善点といった真のニーズを把握することができます。
カスタマージャーニーにより顧客の内面も含めた動きを可視化することで、それぞれの顧客接点を持つ担当者の認識も共通させることができます。
マーケティングが担当する業務はWebサイトの作成・運用、SNSや広告の運用、記事・コンテンツの作成・効果検証・改善、セミナーやイベントの企画・実施など多岐にわたります。各業務は細分化され分担される場合が多いので、各担当者ごとに認識を共有し足並みを揃えたマーケティング施策を行うのは意外と難しいものです。
マーケティングだけでなく営業やカスタマーサクセス、開発など異なるバックグラウンドを持つ部門とコミュニケーションを取る場合は、なおさら顧客についての認識を擦り合わせることは難しくなるでしょう。
カスタマージャーニーマップがあれば、顧客の行動や思考、感情を俯瞰的に把握できるため、共通認識を持って活動を進めていくことができます。
メンバー間の意思疎通もスムーズになるため、打つべき施策の優先順位も決めやすくなるはずです。
企業全体の目標は売り上げを増やすことでしょう。その目標を各部門やさらにその部門内で細分化していく過程で微妙にずれが生じてきてしまうこともあると思いますが、カスタマージャーニーマップを活用することで顧客のメリットを起点にして全体の最適化に向けた連携ができるようになるのです。
精度の高いマーケティング施策を実施するためには、顧客の行動や思考、感情を深く理解することが必要です。そうでなければ、適切なタイミングで適切なメッセージを発信することはできません。この重要性は今も昔も変わらないでしょう。
デジタル化が進展していなかった数十年前までは、企業と顧客のコミュニケーション方法は、テレビや新聞、ラジオなど、マスに向けた一方向のものしか存在しませんでした。そのため、企業が想定する顧客像やタッチポイントは限られたもので十分でした。顧客の行動は企業が思いつかないほどに分岐しておらず、ざっくりとした顧客理解に基づくマーケティング施策でも十分に効果を発揮できたのです。
しかし、スマートフォンが普及し様々なデジタルメディアが登場した現在においては、企業と顧客が接点を持つシチュエーションや購入までの経路は非常に複雑化・多様化しています。同じ商品・サービスでも知るきっかけや情報収集の仕方、購入の決め手となる要因が顧客ごとに異なっているのです。そのため、顧客のインサイトやそれによって導かれる行動を把握することが非常に困難になりました。
このような状況において、カスタマージャーニーはとても効果的です。
カスタマージャーニーは、ペルソナを設定しターゲットを明確にするだけでなく、ユーザーの取りうる行動や内面の変化を時系列で明確にできます。顧客の複雑かつ多様な行動を細分化できるため、その時その時に応じて適切なアクションを導き出せるようになるのです。
ICT技術が発達し高度なデジタル化が進展したことで、マーケティングにおいてできることも飛躍的に増大しました。現代では、取得・分析できる情報の量、質が十数年前とは比べられないほどに増大しています。
マーケティングオートメーションやアドテクノロジーといった最新ツールを利活用している企業も多いのではないでしょうか。これらのツールによって、一人一人の顧客に適合したマーケティング施策を展開することが可能になりました。
このようにマーケティングにおいてできることの幅が広がれば広がるほど、より顧客の解像度を高める必要が生じます。
ツールが進化し適切なタイミングで適切なメッセージを送れるようになったとしても、“いつ”が適切なタイミングで“何が”適切なメッセージなのかわからなければツールの機能を生かし切ることはむずかしいでしょう。
現代のマーケティングでは、顧客が商品・サービスを購入するまでにどのようなタッチポイントでどのような体験をするのが望ましいのかを事前に定義し、効果的・効率的に施策を展開することが求められるようになりました。
カスタマージャーニーは、このような現代のマーケティングを実行する上で不可欠な手法であると言えます。
まずは、作成するカスタマージャーニーマップのゴールを定義する必要があります。
「問い合わせ」「初めての購入」「リピート購入」「購入後の満足度」というようにゴールの置き方が変わると、検討すべきフェーズの範囲や収集すべき情報が変わってきます。
ゴールが設定できたら、次は分析の対象となる具体的なターゲットを設定します。
ペルソナとは「企業が提供する製品・サービスにとって最も重要で象徴的な顧客モデル」のことです。
ペルソナを設定するときは、リアルな人物像を思い描くことが重要です。カスタマーセグメントのような大雑把な捉え方では、顧客の行動特性や期待すること、不満や不便に思っていることなどを詳細に描写することはできません。
具体的には、以下のような要素を埋めると良いでしょう。
・年齢、名前、職業、性別、趣味、生活スタイル、現在の居住地
・どんな性格で、日々の出来事にどんな印象を持つか
・普段はどのようなメディアで情報を集めているか、最近気になっている話題は何か
・どんな行動の特徴があるか、ITリテラシーはどれくらいか
・仕事はどういった役割でどんな業務内容か、与えられているミッションは何か
ゴール・ペルソナが決まったら、収集した情報を区分するためのフレームを決定します。フレームがマップ全体の骨格になります。
カスタマージャーニーマップには様々なフレームがあるので、自社に適したものを選ぶと良いでしょう。フェーズ設定が難しい場合は、先にステップ4に進み、顧客の行動を一通り洗い出してからフェーズに分類するという手法もあります。
いずれにせよ大切なのは、テンプレートにこだわらず、目的にあったフェーズ設定を行うことです。
よく使われるフレームは以下の通りです。
【横軸】
顧客の行動プロセスをフェーズに分けて時系列で整理する
例) 「認知」「興味・関心」「情報収集」「比較検討」「購入」「評価」「拡散」「リピート」【縦軸】
縦軸で作ったフェーズごとに顧客がどんな行動をとり、どんな思考・感情を持っているのか整理する
例) 「チャネル(媒体)」「タッチポイント(製品・サービスとの接点)」「顧客の行動」「顧客の思考」「顧客の感情」「自社の課題」「施策」
フレームが決定したら、中身を埋められるように情報を収集します。
情報収集には、オフライン/オンラインのデータ分析などの定量調査と、インタビューやユーザーテストなどの定性調査の双方から収集すると良いでしょう。
過去の問い合わせ情報やカスタマーサポートの対応履歴などのデータは有効でしょう。BtoB企業であれば、
最後にマッピングした情報をもとに、顧客がゴールへと至るストーリーを結びつけていきましょう。情報を整理して、顧客の行動をそのときの感情や思考などと絡め、ストーリーにしていきます。
このとき、視点の偏りが出ないよう、複数の担当者で作業にあたると良いでしょう。ワークショップ形式で進めるなど、多様な意見やアイデアが出やすい環境を用意することも重要です。
企業担当者には、少なからず「この記事からこのイベント申し込みページに移るだろうな」「この訴求の仕方に響いて欲しいな」といった思いがあるはずです。しかし、こういった顧客に対する先入観やこだわりが反映されてしまうと、現実に即さない内容になってしまいます。
カスタマージャーニーはあくまで、顧客の行動や思考、感情を企業が正しく汲み取るためのものです。希望や憶測が入ることで、対応策が顧客視点からズレてしまいます。
顧客の実態に沿ったカスタマージャーニーマップを作成するため必要なのはデータです。
ペルソナに当てはまる人たちを徹底的にリサーチし、反応を測った数値やヒアリングの情報などを十分に収集することが大切です。もし、データに確信がない場合は、しっかりと検証を行うべきでしょう。
カスタマージャーニーは、現実的な顧客の行動や思考、感情を知るためのものです。そのため、ペルソナはできるだけ具体的なものが良いでしょう。ペルソナの詳細が詰め切れていないと、カスタマージャーニーもぼんやりとした曖昧なものになってしまいます。
したがって、大勢のペルソナを一つに集約して、大体の傾向でマッピングすることはおすすめしません。ひとりひとりの顧客の行動や思考、感情は異なるものです。リアルに忠実なペルソナを時系列に沿って追うことに意味があるので、ターゲットとなる顧客像は絞り込みましょう。
もし、複数人のペルソナを設定したほうが良い場合は、その人数分のカスタマージャーニーを用意しましょう。
ただし、初めから網羅的に顧客像を記述しようとすると行き詰まりやすくなります。仮に完成したとしても、いくつものペルソナがあると、実際のマーケティング業務での適用が難しくなります。
まずは、ターゲット層の中心となるようなペルソナを設定し、シンプルでも良いので一通り仕上げてみることを目指しましょう。
簡単なものでもスタートからゴールまでの一連の流れが俯瞰できると、解像度が粗い点が浮かび上がるので、どこのデータを補強すれば良いのか見えやすくなります。このように全体を見ながら、徐々にブラッシュアップしていったほうが、精度の高いカスタマージャーニーマップができます。
一度作ったカスタマージャーニーを何年も使い続けることは、あまり好ましい状態とは言えません。なぜなら、カスタマージャーニーは時代背景や経済状況などによって変化するものだからです。
特に、昨今の購買活動は、様々なWebサービスやデジタルデバイスとの関連性がかなり深くなっています。そのため、新しい購買チャネルが登場したり、今までのツールが役立たなくなったり、顧客に新しいニーズが発生したり、ということが頻繁に起こるでしょう。
そのため、一度作成したカスタマージャーニーも、半永久的には利用できません。定期的に効果を検証し、現実と不適合な点は改善するというPDCAのサイクルを回し続ける必要があります。常に、現実とのギャップがないか気にする必要があるでしょう。
・・・
カスタマージャーニーを理解するには、ある程度の手間と労力がかかります。しかし、適切な顧客理解に基づいたカスタマージャーニーマップは、売り上げ貢献という大きなリターンをもたらすでしょう。特に、顧客の行動や価値観が多様化・複雑化している昨今の状況においては、顧客視点をもつことの必要性がかなり増しています。
カスタマージャーニーは、マーケティング施策にとどまらず、営業やカスタマーサクセス、開発といった工程でも指針となるので、作成してみてはいかがでしょうか。
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